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「腸は第2の脳である」

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腸内細菌の専門家と先日お話する機会がありました。私は理系出身の運動オタクなので健康系の知識には関心があり、非常に役立つお話をいただきとても実生活に役立つと思いました。

 
 
「腸は第2の脳である」と言われているそうです。腸は脳からの指示がなくても独立して判断をすることができる臓器で、腐った物を食べた時にお腹をこわすのは独自の判断によるものです。また脳死に陥った際にも腸は活動を続けたりするそうです。
 
更に脳のパフォーマンスをよくするために、腸は非常に大切な役割を持っていることもわかってきました。腸の調子を整えることでメンタルのコンディショニングが良くなるらしいのです。
腸内の状態を保つ腸内細菌は、ハッピーホルモンと呼ばれやる気や幸福感につながる脳内の神経伝達物質セロトニン」の合成を行っており、これが不足するとうつ状態になったりすると言われています。このセロトニンは実は脳にはたったの1割しかなく、9割が腸にあることが明らかになりました。セロトニンは、食事からのトリプトファン必須アミノ酸)から、葉酸やビタミンB6などに助けられ、主に小腸内で合成されています。
 
 
このハッピーホルモンを増やすために、腸内の環境を整えておくことが大切ですが、現代生活が腸の健康を脅かす要因がたくさんあります。仕事などで忙しくストレスの多い環境や、外食中心の食生活などの現代社会では、自律神経の働きが乱れやすいものです。自律神経というのは、消化や吸収など体内で無意識に行われる働きを司っているシステムで「交感神経」と「副交感神経」がお互いにうまく調整して働くように機能していますが、このバランスが乱れることにより健康を損なっていきます。
 
 
このような理由から腸内細菌を適切な状態に保つことが大切になってきますが、そのためには腸内細菌を含む食物を食べる必要があります。また一度食べたらそれでずっとよいのではなく、基本的に腸内細菌は時間とともに体内で減る性質があるため、定期的に摂取する必要もあります。
 
具体的に何を食べればよいかと言えば、ヨーグルト、納豆、キムチ、味噌などです。ヨーグルト元々外国の食べ物ですが、含まれる乳酸菌には多くの種類があり、機能も異なるのでできるなら毎回違う種類のものを食べたほうが腸内に多種な乳酸菌が保てます。また味噌汁は、日本には「一汁一菜」という言葉がありますが毎食含まれています。
 
 
バランスの良い食事が脳のコンディションを整える、この事実を改めて科学の説明で納得しました。

 

「将来有望な分野や業界は?」  (キーワードその1「食」)

個人のキャリアを考える人からよく受ける質問です。私自身、未来が見えるわけではありませんが、日常生活を普通に観察してみてわかることもあります。
 
例えば現在、世界には約72億人が地球上に存在しますが、いろいろな国際機関の試算によると2050年には90億人とか100億人とかになると予測されています。
 
そうなると当然のことながら、人間が増えるわけですから原始時代の生活に戻らない限り、それ相応の「衣・食・住」が必要になります。
このうち特に「食」については人間の生存にとって必要なものであるので、これから増えていく人口の分を、追加で生産する必要があります。つまりマクロ的な経済的視点では、食料品に関する業界は72億から90-100億に増えていくわけです。
 
 
食料が必要になるので、食料品メーカーは全体として当然多くの売り上げを計上することになります。その中の会社が日清であるか味の素であるかは中長期では予測できませんが、少なくともどこかの企業は(海外かもしれない)、大きく伸びることが予想されます。
 
一方食料品が現在の方法や技術だけで90億分作られるためには、現在の農業のやり方では農地も足りず、また生産も追いつかないため、新しい農地開発や農業の方法が必要になります。つまり何らかのイノベーションを起こさないといけません。
 
イノベーションの範囲は何も科学的な品種改良や遺伝子組み換えなどばかりではなく、農業のやり方を変える、流通経路で効率化する、もしくは調理法で長期保存の方法を作るなどいろいろなやり方があり、必ずしも理系の技術者によるものはありません。
 
例えば現時点でも「垂直農場」というものがあり、都市のど真ん中で野菜や果物を吊り下げる形で栽培する方法では、面積当たりの収穫量も多く、また水を流したり浸したりするのではなく、シャワーのように噴射することで少量の水分で効率的に栽培することが実現します。





このように新しいニーズがあるところには、イノベーションが生まれる機会がり、それは何も技術だけで解決するわけでもありません。
「本当に食料が足りなくなると困る!」という状況なので誰かが何か新しいことを発明しないといけない状況では、新しい知恵がうまれ実現する余地がたくさんあります。

そのように考えれば、将来不安だからそれを避けて生きるのではなく、それを積極的に解決しようと心がけるところに新しい挑戦とイノベーションが生まれ、それで人類は進歩していくのだと思います。


それはそうと、今日は七夕ですね!
空を見て新しい世界を想像しながら、未来を作る夢を見てみてもよいのではないでしょうか。

。。。(2015/7/7)

時代の流れを読む~マクロの視点を持つ

時代の流れを読むときに大切なことは、大きな視点で物事をとらえることである。
そのためには普段からこれまでの流れ、今後の時代のあり方など大局観を持って把握し、その中で日々の情報を位置づけ自分がどうするべきかを意識しておく必要がある。

 

まずは『時間』を長いスパンで考えてみることである。
「世の中の大きな流れ」は歴史的な流れの中での過去、現在、そしてそこからつながる未来を考えることが重要である。人間の常識というものは一般に過去の事柄の結果であることが多いため過去の事実からの帰結に過ぎない。一方考えるべきは未来であり、過去の帰結だけを頼りにして静的に物事を考えると新しくできてくる仕組みを見誤る可能性が高くなる。
例えば中世に戻れば世界の海はオランダとイギリスの戦いであった。その時にはオランダを中心とした貿易は栄えていたが、のちにイギリスにとって代わり、さらには第一次世界大戦を期に、覇権はアメリカに移っていった。もしオランダが強い時代にそこだけに事業をかけたとするとその後に成功する確率は低くなる。

 

次に『空間』を大きな枠組みで考えてみる。
具体的には世の中の流れを見るにあたり、日本国内だけでなく世界全体の中での日本なり、自分の立ち位置を考えることである。

今更ながらグローバルという言葉が世の中を騒がしているが、高度成長の時から日本は輸出で技術や産業を伸ばす構造があり、それでも一部の人々以外は海外に行くことが少なかった。それが最近では国内市場の成熟化、人口減少による市場の伸び悩みなどにより、これまで以上に海外に出ていくことが必要になっている。加えて発展途上国と比較して、製造並びに労働賃金が高くなり、海外からの輸入品の増大、外国人アルバイトなどの増加で産業のみならず生活の一部まで海外との接触が多くなっている。

このような中で如何にして、日本人としての存在価値を出していくべきか、どうやって企業として賃金の安い国々と戦っていくか。
そういう視点で物事を見始めると直近のミクロな悩みなど取るに足らないことに思えるかもしれない。

視野を高くし目標と高い志を持って進んでいくことは、何をするにも大切であるように思う。

。。。2015/1/13

 

実際のところ「キャリア」って何?

今も昔も「キャリア」については、多くの人の関心の中心であり、いろいろ言われることがあるけどいったんなんだろうか。

 非常に一般的に言うなら「キャリア」=「企業ブランド」というイメージを持つ人が多いのではないだろうか。

 「**に就職しました!」

「よかったね!**ならこれからでも大丈夫だ!」

・・・

こういう会話を大人の中でもよく耳にすることがある。はたして、この会話にどれだけの真実があるだろうか?

 「就職=企業選び」はある意味間違いではないが、終身雇用の前提を持つ人にとっては、企業を選んだ段階で、キャリアについてもう考えなくてもよいとある程度思っているのではないだろうか。

いつぐらいからかは忘れたが、最近は有名な企業のリストラ話は、ニュースで見ても誰もびっくりしなくなった。なのに「**だから大丈夫?」というのは、冷静に考えるとおかしい。

 「キャリア」については、職業柄セミナーや国内外の大学の講義も含めいろいろなところで話す機会を持っているが、客観的にこれがキャリア論でこのポイントさえ押さえておけば問題がない、というものは残念ながら存在しないと思う。

当然のこととして個人の個性や能力差が非常に大きい分野なので、すべての人にグローバルキャリアとか「UP or OUT」の方針で働けというのはナンセンスです。

少々前になるが、日本でも欧米型の成果主義を導入した企業は多かったが、実際に今も残っているところはそれほど多くない。職業には合目的な目標だけで解決できるものではなく、分野や生活習慣も含め多様な要素が、基準が設定された業績だけで判断されるシステムとは相性が合わない部分があるのは当たり前である。

職業にはいろんな要素があり、合目的な結果を出すことは共通のルールであるが、その範囲や度合、ペースや進め方には差があってしかるべきである。

社会や国家全体としてみた場合には、もう少し事情は複雑になり、雇用の創出、産業の育成、安定した社会の醸成というコミュニティ全体としての最適化という視点も必要である。

 原点に戻れば、非常に教科書的な見方ではあるが、「職業」には以下の要素から考えるべきである。

 (1)  収入(生活の基盤として)

(2)  やりがい(個性や能力の発揮)

(3)  社会貢献(人間の欲求と社会的生き物として)

 それ以外にも、社会的なステイタス、つまりカッコよさとか、家族や地域とのつながりという面もあるだろう。

また必ずしもポジティブな面だけでなく、自分がやらないと家業がつぶれるとか、自分の意思とは関係なく、諸事情によってその職業を選択しているケースも世の中にはたくさんあると想像される。

最近はこれらに加え「親や近親者の希望」という要素もあるようである。特に新卒の場合、親がここはよくて、ここはダメというケースが多く出ており、反論を恐れずに言うなら、その親の認識は過去の常識に照らしたものであり、指摘は必ずしも正しくない。

そういう意味では親ももう少し勉強しないと時代遅れになり、周囲に悪い影響が及ぶことも考えられる。

 そういった中、私がセミナーや講義で「キャリア」について話す時のポイントを要約すると以下のとおりである。

 

(1)キャリアは人生のトータルで考えるべし

新卒の場合20代前半から始まり、70歳ぐらいまで考える。全部で40-50年間、キャリアの本当の悩みは、40歳を超えてから切実になってくる。

 (2)企業と個人を分離して考える

企業名ではなく、自分の価値観と能力で「職種」を選ぶべし。

 (3)最初のうち(40歳ぐらいまで)に成長できる環境を選ぶべし

若いうちは自分の将来のために投資する。前半のキャリアでの実績や実力で、後半のキャリアが大きく変わる。

 (4)大きな世界観を持つべし

できれば世界の中での自分の位置づけを意識すべし。また、業界、企業分析は必要以上にやりすぎない。また、過去の常識で判断しない(終身雇用、総合職優位などの幻想を捨てる)。

 

最初の企業選択、つまり新卒での就職の場合、社会での経験や知識の不足があるのでいたしかたないところであるが、ほんのわずかな知識を、非常に主観的な判断で企業を選択する。その結果選択されるのは、テレビCMによく出ていて、市場で製品やサービスを出しているいわゆる大企業が中心となる。

またいわゆるステレオタイプとよばれる行動パターンにより、過去の美人投票の結果を踏襲するように、過去の人気が増長されて時間とともに偏りが強くされるという結果もある。

人生の選択は、自分の人生なので自分で判断することが正しい姿である。それをなるべく公平に物事を見て考え、正確な情報を提供することでサポートすることが自分の仕事であり、全ての大人の役割だと思う。

 

 

 

 

 

失敗からの学習について

物事は常にうまくいくとは限らない。当然失敗するという現実は万人もわかっていることであるが、その時の対応によりその後の人生が大きく変わる。

 
「失敗から学ぶ」とはどういうことだろうか?それはよく言われることであるが、実はとても難しいことである。
今回はこの話題について少し深く考えてみたいと思う。
 
 
『なぜ失敗するのか?』
 
そもそもの出発点である。「失敗」とは何か?別に哲学の話をしているわけではないが、一般的に失敗とは期待することと異なる結果を指すことが多い。
期待する結果とかい離があるというのは、そもそも期待が高いからである、というふうにも考えられる。人間は望ましいことを期待し、それに反した時に「失敗した」と判断する。ところがそもそも確率的には失敗する確率は一定以上存在し、自分が思っているよりも高いことが多い。
 
つまり客観的に見るのであれば、失敗する確率が高い時に、起こるべくして起こった失敗を嘆くことは確率的にはおかしなことだ。しかし心理的には自分の期待値が高いがために、その好まざる結果に対して失望する。
 
この失望するという確率論的結末と矛盾する行為が、時にして人間に非合理的な対応を誘発することがある。
それは過剰の否定的反応としてあらわれ、長い間の無気力ややる気の欠如などにつながることもある。
 
起ってしまった結果は変わらないと頭で理解しつつも、なかなかそこから脱することができないのは誰もが経験することであろう。
多かれ少なかれ感情的に支配される人間にとって宿命的でもあるこの行為に対し、どのような対応をすることが長い未来に対して有効であろうか?
 
自分の周囲を見渡し数々の人々を見てきた私見ではあるが、この対応の仕方でその後の人生がうまくいく、いかないの分岐点があるように思われる。
いわゆる「成功者」と「そうでないもの」を分けるルールがここに存在するように思えて仕方がない。
「成功者」と後に呼ばれる人々は、「失敗」を単なる失敗で終わらせず、そこから学び、奮起し、乗り越え次なる次元に進んでいる。

そういう意味では「失敗」は彼らにとって最終的に成功するプロセスの一部である。どの成功者も多くの場合何度かの挫折を経験している。世の中は彼らにとってもずっと成功し続けられるとは限らない。しかし後に成功者となる人々は失敗で終わらず、そこからどんどん先にすすんでいき自ら決めたゴールにたどり着くまであきらめない。その途中では成功している時よりも、失敗していることの方が多いかもしれないが、めげることなく先へすすむことで、少しずつでも前進する。
 
一方成功しない人々は、結果に失望した後、生産的な行動をとらずに失敗に引きずられたままになるか、失敗を受け止めず現実から逃避する、すぐにあきらめて目標を放棄する、などの行為を取ることが多い。
自らの感情システムを壊さないための防御行動でもあるが、これをずっと取っていると自らのゴールには決して達することはできない。
 
 
一般にみられる望ましくない対応とは、感情的になる(ある程度はしょうがないが)
、長く否定的な感情を引きずる、周囲に責任転嫁するもしくはあたりまくる、目標をあきらめる(場合によっては修正が必要なこともある)、感情的に爆発する、というものが存在する。
 
本来は過剰に反応しなければ、対処できたものでも不適切な対応によってより自体が悪くなることもある。進歩するためには少なくとも合目的な行動が必要であるが、不適切な感情はそうすることの生涯になるのである。
 
 
少し大げさな言い方をするならば、ここに「勝者の哲学」の有無が存在し、それを持つ者は分野に関わらず成功者となり、持たない者はそうはならない。
 
「勝者の哲学」とは、言い方の多様性はあるが大まかに以下のような要素を持っていると思われる。
1)未来志向(変えられない過去に悲しむのではなく、帰られる未来に期待する)
2)事実と解釈を区別する(事実を客観的に、合理的な判断をする)
3)原因分析型(因果関係をはっきりさせ、うまくいかない原因を特定する)
4)学習意欲とフィードバックシステム(不確実であっても恐れずに前にでて、試行錯誤から学ぶ姿勢がある)
5)行動力(考えたことは必ず実行に移す)
 
 
 
長くなったので最後に要約すると、成功者とそうでない人を分ける行為は、失敗の後の対応である。成功者はネガティブでも結果を受け入れ、原因と対策を考え、次のステップに取り組み、うまくいくまであきらめない。
そうでない人は、結果をいつまでも引きずられたり、現実を受け入れない、もしくは不適切な対応で解決できないままになる。

誰でも経験する「失敗」が対応の方法によって、その後の人生に大きな差となってあらわれるのである。
 
。。。(2014・07・07)
 

アジア(インドネシア、シンガポール)訪問記録(3/16-3/24)

アジアの出張で行ってきた記録を、備忘の目的もあり感想としてまとめました。

インドネシアの近年の変化について>
近年、インドネシアへの日本企業の進出が進んでいます。現地企業の大学生のリクルーティングも盛んで、大学の就職課には毎週多くの日系企業が良い学生を採用するために訪れています。多くは日系の大手企業が中心で、優秀な大学に足しげく通っているとのことを聞いた時には、この国への期待と関心の高まりを感じました。

また大学では就職フェアなども盛んになっており、アクセンチュアをはじめ外資系企業がブースを派手に飾り、ノベリティグッズを用意して学生を待っている光景が目につきました。

首都ジャカルタは、相変わらずの道路の渋滞がさらにひどくなった様子がありますが、MRT(モノレール)の建設が始まっており、公共交通機関などのインフラが整備されてくると、将来は少しずつでも解決することが期待されます。


<大学での講義の記録>
◆3/17(月)(13:00-15:00)
Binus University(私立大学No.1)
私立大学で首都ジャカルタの中心部にあり、幼稚園もあるということで、日本でいうと慶応大学みたいな存在です。私立で学費が高いせいもあり裕福そうな学生が多く、学内のcaféはスターバックスなみの値段ですが客数は多くにぎわっています。

13-15時で情報系約100名超の学生相手に講義を行い、題目は「Global Business and Career」でした。
最初の質疑応答でアイスブレイクをしてそれから講義が始まり、出席する大学生はほぼ英語での会話には問題がありません。自分はインドネシア語が全くできないので、講義は当然ながら英語で行われますが、質疑応答も全く問題ないところは日本の学生も見習わないといけないと思いました。
その後日本企業に紹介する選考会を2セット行い、グループワークなどを通じで選考を行いました。この中から優秀な学生をピックアップして日本企業を中心に紹介していければよいと思います。


◆3/19(水)(13:00-15:00)
University of Indonesia(インドネシアで一番の総合大学)
13-15時まで情報系約50名の学生相手に講義。題目は「Global Business and Career」
最初の質疑応答でアイスブレイクをしてそれから講義開始。
この大学はジャカルタの少し郊外にあり、広々とした美しいキャンパスに、古い情緒あるたたずまいの校舎がならんでいる。ちなみに校内にゴールドジムがあり、次回訪問時には着替えとシューズを忘れずに持参しようと思います。
講義の後、Binus大学の時と同様に、日本企業に紹介する選考会を行いました。
なお同大学では、講義の様子を記事にしていただいたようです。
(大学HPより、インドネシア語
http://bitmagz.cs.ui.ac.id/2014/03/25/seminar-reboan-global-career-development/
Google翻訳などを使うと、なんとなく講義内容について述べられていることがわかります。


◆3/21(金)(13:00-15:00)
Institut Teknologi Bandung=バンドン工科大学(インドネシアで一番の理系大学)

バンドンはジャカルタから約120kmの距離にあり、前日のお昼ぐらいに車で移動。日本だと高速道路を使えば2時間ぐらいで移動できる距離ですが、この国は世界でも最も渋滞のひどいところなので(インフラが未整備なので)、結局4時間ぐらいかけてバンドンに到着。バンドンは標高が高い避暑地でもあるため、ジャカルタより3,4度ぐらい涼しくかなり快適です。
今回の同校での講義は2回目であり、先生方とも交流があるため、事情が分かっていてリラックスできます。
13-15時まで情報系約100名の学生相手に講義で、題目は同じく「Global Business and Career」。最初の質疑応答で盛り上がりすぎて40分ぐらい経過。質問は「結婚していますか?」、「子供は何人?」、「今の生きがいは?」などかなりカジュアルなものからプライベートにいたるまでと幅広く、異常な盛り上がりとなりました。
講義の後、他の大学の時と同様に、日本企業に紹介するための選考会を行いました。

3つのトップ校に行って感じたことですが、グローバリゼーションの影響が若者たちの間にも身近な、現実的な距離になってきました。海外に行くことが夢物語でないレベルになってきたということです。
学生の意識も非常に高く、海外から来た先生にも積極的に質問し、また売り込んでくるアグレッシブなところはとてもエネルギッシュでした。
是非この中から一人でも多くの学生に対して、海外で働く機会の橋渡しがしたいと感じます。


<久々のシンガポール訪問(3/22-23)>
3/22(土)の早朝にインドネシアの地方都市のバンドン空港からAirAsiaで1時間半のChangi空港へ。バンドン空港は鉄道の駅のような規模で、機体に乗り込むまで歩いていくという凄い初体験をさせてもらいました。

着いた先のChangi空港は世界でも最も大きく設備の整ったところで、先進国の人にとっては快適極まりない空港です。
帰りにも搭乗まで時間が余った時にはシャワーもあり、スポーツジムまで利用できる至れり尽くせりの充実ぶりです。
シンガポールには過去に何度か来たこともあり土地勘もあるので、ホームに帰ってきたかんじでリラックスできます。何より英語が通じ、どこでも自力で意思疎通できるのが大変ありがたいです。
この国は前回行ったのが5,6年前ですが、インドネシアほどの変化は感じられず、変わらず安全で、清潔で、居心地の良さを感じる街です。(気温は高いが)

シンガポールでは東南アジアでのパートナーとの打ち合わせと、古い知人達とのランチなど終始リラックスした時間を過ごしました。
この国で法人を設立してから、周辺のインドネシア、マレーシア、ベトナムで事業を展開する会社が多いのは、ビジネスのインフラ面で整備されていることと、この異常な住み心地の良さがあるからだな、と改めて感じた訪問でした。


今回はインドネシア6日、シンガポール2日という比較的長い間、常夏の国々に滞在する日程でしたが、途上国と先進国の違いをまざまざと体感する旅でもありました。
平和で居心地の良いシンガポールと、現在は不便も多いけど無限の可能性があるインドネシアで、それぞれの特徴をビジネスと生活の両面で対極的に位置づけることができました。

進路の決め方、「天命を知る」

新卒時の就職先もしくは転職先を決める時に、自分に最適な道を見つけることは難しいことです。

企業分析とか業界分析をするのは一つの有用な方法ですが、これは非常に短期的な見方でしかないと思います。直近の業界動向や企業の財務分析をするとプロの人はある程度良し悪しを判断することは可能です。しかしそこで選ばれた業界なり企業を選ぶことが、その人にとって良い進路となるかというとそれは別問題です。

「良い進路」ということを決めるには、自分の「外的な要因」だけでなく、自分自身という「内的な要因」もあります。
この「外的な要因」と「内的な要因」が最適のマッチングをすることで初めて「良い進路」となるので、内的な要因が異なっている場合は最適のマッチングも変わります。つまり人によって「良い進路」は異なるということです。


「良い進路」<=「自分自信の特性(内的な要因)」×「社会動向(外的な要因)」


では「自分自身」の内的な要因はどうやって見極めるのか?

これは大きく2つの要素から決まると思います。
ひとつは「適性」、もう一つは「価値観(志向性)」です。言い方を変えると「なれる自分(適性)」と「なりたい自分(価値観)」です。この二つは残念ながら一般的には一致しません。かっこよくて憧れる自分の姿と実際にかなう現実にはかい離があります。

誤解のないように最初に言っておくと、だから諦めろ!と言いたいわけではありません。諦めるのではなく可能性が多くある中から最も自分に適した選択をしてほしいというのが人材の才能開花の近道だと思っています。

いろいろ自分や他人の人生を見ていると、実はこの上記2つの要因のマッチングを早くすることが良いキャリアを作るのに大切なことと感じています。

しかし人間は理想の姿があるので、必ずしも「なれる自分」を目指していません。
そして「なれる自分」と「なりたい自分」のマッチングが完成するタイミングが、「天命を知る」ことではないかと思っています。

この言葉は中国の孔子の「論語」から来ています。


論語より)
「子曰く、吾十有五にして学に志す。 三十にして立つ。四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。六十にして耳順う。 七十にして心の欲する所に従えど、矩を踰えず。」

実際にそれぞれの節目の年齢を過ぎたり近くなって感じることですが、確かに40歳ぐらいから変な悩みとかがなくなり、50才近くになると自分が残りの人生で何をすべきで何ができるかというように考えるようになります。
「天命を知る」ということに関しては、経験則から不得意なところではやはり大きな結果を出すことは難しく、そうするエネルギーがあれば、得意分野で勝負すべきだとう結果による帰納的に帰結された結論に達します。

50才になってから天命を知るのではかなり遅いというのが現実ですので、できれば早いうちに自分の運命としてあたえられた職業を見つけることが大切です。

自分にあった職業というのはそれほどまでに難しいものですが、その原則を知ったうえで自分自身に合った、つまり「なれる自分」と「なりたい自分」をある程度あわせることが近道でないかと思います。


(補足)
「天命を知る」年齢に近づいてきて感じたことを、人生の道の選び方から考えてみました。

「運命」は無視できない要素だと思います
。。。(2014/1/13)