前の記事の番外の補講です。
前回のPCR検査の記事が思いのほか反応があったので、現実に近いと思われる数字を使いより具体的なケーススタディとしたいと思います。
*予めお断りしておきますがPCRやコロナ対策の是非を主張するための試算ではありません。
あくまで数字を使いながら実体把握し推論を進めるケーススタディとして解説します。
前回の記事では以下の数字を想定して計算しました。
「論理(ロジック)」について学びなおす~その5(数字編)「PCR陽性はどれくらい危ない?」
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(以下計算のための仮定)
このPCR検査は”本物の”コロナ患者が受けると99%の割合で陽性が出るが1%は陰性(「偽陰性」という)になる。一方患者でない人が受けても10%陽性が出て(「偽陽性」という)、90%は陰性となる。*実際確実に検出しようとするとそうなるらしい。
さてコロナの患者の割合は全人口の0.1%と分かっているとすると、陽性と判断された人が本当にコロナにかかっている確率はいくらか?
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この計算結果は上記の前提だと、実際に感染者である確率(陽性的中率)は約1%でした。
さてこの時は計算の練習として適当に数字をおきましたが、本物の数字を入れたらどうなるの?と思ったので、ネットで正しそうに思われる数字を調べたうえで、それを使って試算しなおします。
(参考)
COVID-19でのPCR検査体制 | 日本医師会 COVID-19有識者会議
【COVID-19 に関する一般的な質問に対する現時点での文献的考察】 v1.2 (2020/3/23)
感染症・結核学術部会
https://www.jrs.or.jp/uploads/uploads/files/information/20200325v1.220200323.pdf
上記などのネットの記事をもとに以下の仮定を置いてパターン分けして試算しました。
<仮定>
(1)感度(感染者が検査で陽性になる確率)は70%で固定 *ここは多分これくらい
(2)特異度(非感染者が検査で陰性になる確率)は以下で試算(90%/99%/99.9%/99.99%)
(3)事前確率(全人口に占める感染者の割合)は以下で試算(10%/1%/0.1%/0.01%)
そこで作ったのが以下の表になります。
事前確率を一定とすると、特異度が高い(=陰性の人が検査で確実に陰性になる)と、「陽性的中率」は上がる。言い換えると検査で陰性の人がちゃんと陰性反応と出るほど、嘘の陽性(偽陽性)がでにくくなる。*以下の図の青の線
特異度を一定とすると、事前確率が上がるほど「陽性的中率」は上がる。言い換えると世の中の人の感染者の割合が高いほど、嘘の陽性(偽陽性)がでにくくなる。*以下の図の緑の線
以上は定性的な記述をしていますが、ここからは数字を使ってもう少し実態を記述することにします。
★ここから少し数学を使った話になります★
独立変数(=お互いに独立して関係のない変数)は3つで、それぞれx、y、zとおきます。
(1)感度(感染者が検査で陽性になる確率)(70%)(=x)
(2)特異度(非感染者が検査で陰性になる確率)(90%-99.99%)(=y)
(3)事前確率(全人口に占める感染者の割合)(0.01%-10%)(=z)
なんとなく「独立変数は3つ」と言いましたが、この3変数がお互いに全く影響を与えない勝手な値をとれることがまず第一のポイントです。
「感染者が陽性になる確率が70%の場合、非感染者が陰性になる確率は30%じゃない?」
違います。
これは「AならばBである」の命題が”裏”である「AでないならばBでない」と同じ形です。
A(=「感染している」)/Aでない(=「感染していない」)
B(=「陽性になる確率は30%」)/Bでない(=「陽性にならない確率は70%」)
命題の裏は元の命題が真でも、必ずしも真とはならないことは以前の記事でも述べていますので復習しましょう。
(1)の感度と(2)の特異度は独立です。(1)は感染者についてのみ述べています。非感染者については全く何の制約もありません。同様に(2)は非感染者についてのみ述べており感染者にはまったく関わりはありません。
(3)については検査とは全く関係ない情報で、全人口の中でどれくらいの人が感染しているかだけを述べています。
その中から感染者を選んできて検査した場合が(1)で、非感染者を選んで検査した場合が(2)です。なのでこの3つは全てお互いに影響しない独立した値(数字)を取ることができます。
(陽性的中率)=(z*x)/{z*x+(1-z)(1-y)} ・・・(4)
今回の試算ではx=0.7で固定しているので、ここから先はxを変数とみることはやめにして、定数0.7という決まった数字であると考えてください。
そうなると(4)式をzで整理すると
==>a-b/(z+c) (a,b,c>0の定数)
の形になるのでzが大きくなると陽性的中率が上がることが分かります。
同様に(4)式をyで整理すると
==>d/(-y+e) (d,e>0の定数)
の形となるのでyが大きくなると陽性的中率は上がります。
(★ここから大事★)
今回主張したいのはロジックとか計算方法についてではなく、ここでの数字を用いた試算結果の解釈です。
2つの変数を動かしてシミュレーションした結果、陽性的中率は最低の0.07%から最大の99.9%までかなりの幅があることです。
(最低の数字)事前確率0.01%、特異度90%の時、陽性的中率=0.07%
(最高の数字)事前確率10%、特異度99.99%の時、陽性的中率=99.9%
*数字は表の物から四捨五入
この2つの数字がどうなるかによってPCR検査の解釈は大きく変わり当然施策も変わってきます。
もしも感染者で偽陰性(感染者が検査で陰性)の検査結果が多いなら、安心して外に出る感染者が増えるとより感染者が増えるので外出制限すべきです。
また非感染者で偽陽性(非感染者が検査で陽性)の検査結果が多いなら、再検査の頻度を上げる、検査の精度を上げるなどに取り組まないとPCR検査を受けることで行動制限を強いられるスポーツ選手などが増えてきます。
いずれのケースでも数字の絶対数と割合を考えたうえで判断すべきであり、実態はこの数字によって表されます。
実際に今回の例では「事前確率」が最も確定しにくい数字です。「特異度」は対象が検査を受けた人で数も限定的なので検査の結果を追えば精緻化できます。一方で「事前確率」は国民全体のうちの感染者割合ですからランダムに抽出したサンプルから求めないといけない数字ですが、健康で一見問題ない人は検査に来ないので母集団に入ることが少なくなります。こうなると感染が疑わしい人たちだけのサンプルで感染者率を割り出すと当然数字は高くなります。
これまで見てきたように「事前確率」が高くなると「陽性的中率」も高くなるので、PCRの検査結果を過大評価することになります。
少しややこしい話が多かったですがいかがでしょうか?
単純化して偽陽性や偽陰性が多いからダメだとか少ないからどうだとかよりも具体的に微妙なバランスが見えたのではないでしょうか。
少し具体的な数字の感覚をもって両極端ではない世界を考える習慣を持つと世界の見え方が変わるのではないかと思います。